夜明けのハミング

成人発達障害、睡眠障害、愛着障害、複雑性PTSD、低血糖症――らとつきあいながらの半世紀。絵を描いたり歌ったりしながら、ゆるゆる生きる。どこまで健全に近づけるだろう?

歓迎!60代

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                                   撮影:ばーばら

唐突なタイトルでございますが、私、60代までまだ少々ございます。

でも、おそらく、ほぼ間違いなく60以降が人生最高の時代となってくれるはず。

もう、障害も障害者雇用も関係なく、かなりとろいのも全て年のせいとしてしらばっくれていられます。体力がないのは、若い頃の方がひどかったし、もう誰も「若いくせに」なんて、多分20歳年上の人からも言われないでしょう。そこそこな体力なら、まだありそうです。

発達障害者にとって、世間のリタイア後の時代がいちばん生きやすいような気がリアルにします。

大いなる人生の希望、大それたことは夢見ることはなくても、現実に見合った実現可能な小さな小さな目標ならあり得ます。

はるか大昔、小学校卒業を前にした作文での共通テーマ、「将来の夢」には困ったものでした。何しろ、現実の困難さが圧倒的に増え、うっかりしたことを書くわけにもいかなくなってしまったので。とりわけ国内屈指の学力の高い地域に転校し、勉強はじめあらゆる社会性への困難が実感され、先生や親が読むとわかっているのにかなう可能性のない(と思われた)夢など書けなくなっていましたので。

その前の年、転校以前には「獣医になりたい」なんてあり得ないことを平気で書けたのは、まだ状況がゆるかったからで・・・。

当時なりに状況判断すると、将来の夢なんてあっても語れない、という空気は読めていました。

結局何にもなれていない、ただの趣味人ですが・・・60代になってしまえば、これでいいのだ! と自己肯定できるでしょう。

その地盤として、奇跡的なことに私の50代は進化もしている面があります。全てではありませんが・・・。このままでいければ、心も現実感覚も、それなりのバランスで安定したものへ進化できるのではないか? って気もします。

一生独女ですが、年代が高くなるほど「おひとりさま」仲間は増えます。

出来ることなら、なるべく働かずに、最低限のお小遣い稼ぎが出来れば幸いです。そもそも、うっかり社会に働きに出ると、周りが迷惑しそうで。。

障害、と呼ばれる状態なら、いっそ重い方がいい、と何度思ったかしれません。そもそもこの国の制度は、ビミョーな体質の人は存在しない、かのように成り立っています。もっと、ここら辺りのことを書いてもいきたいです。

何度死にたいと思ったかわかりません。でも、ハンパな年代で自死するくらいなら、もっとずっと若い頃にそうしていた方が良かった、と思えるので粘れてきました。

私が子供の頃や10代の当時、例えいじめにあっても、不登校自死する、なんて情報がなかったことはとても大きかったですね。選択肢に入らなかったので。(不登校は、家に居場所がある人限定かと思いますが・・・。)

60代が近づいてくると、やっとかすかに光がさしてきつつあるような気がします。

きたる日に備え、死んだふりのような社会生活のなかでも、最低限働ける力と知力を備えられるように。

少ないエネルギーで動ける心身とのつきあい方をよりコントロールできるように。

また、芸をより磨いていきたいと考えています。本当に芸は身を助けますからね。人との出会い・つながりが生まれます。

今、辛い人達、たくさんこの国にいると思うけれど、生まれ育った環境からの洗脳や社会やメディアからの圧に負けないように。

安易なスピリチュアルに流されないように。

自分で感じて考えて、どんなに挫折しても、いつかゆっくりその人のペースで歩けるように。

私が言ってもしかたないかもしれないけれど、自分が社会が、誰かが、より良くありますように。

 

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