夜明けのハミング

成人発達障害、睡眠障害、愛着障害、複雑性PTSD、低血糖症――らとつきあいながらの半世紀。絵を描いたり歌ったりしながら、ゆるゆる生きる。どこまで健全に近づけるだろう?

最悪のトラウマ労働ーー福祉職と発達障害

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                                    ばーばら撮影

ご訪問ありがとうございます。

 

この記事は、WEB上に載せるには問題だろうと一生伏せるつもりでいたものですが、何故か今なら書けるような気がし、一時的にアップしたのちに削除するかもしれません。

過去にもろくでもない私の労働記録?なるものを記事にしたことがありますが、

 

barbara1414.hatenablog.com

 このなかで、知的障害者さん相手のことをほんの短期間やっていた、それはそこそこ性に合っていたようなことを書いているのですが、では何故それが短期に終わってしまったのか?

それは、その組織の上層部に呼び出され、初めて足を踏み入れた事務所内で上の方達に囲まれ、私の障害が問題とされ暴言を浴びやめざるを得なくなった、という事情によるものです。

あの事務所で4人の上司らとホームでメインで働いていた女性1名に囲まれ、最初に言われた言葉が「アスペルガーというのは本当ですか?」

本当だ。当初、障害がある、とお話しかけた、という旨答えると

「内部疾患でもあるのかと思っていたら、なんてこと」

と、吐き捨てるような口調と目つき。なんてこった、という態度の会ったこともない男性の無言の同調。そのなかでも、偉い立場らしいおばさまは

「とんでもない話です! 重度の○○君もいるのに、事故が起こってからでは遅すぎます!!」と、ヒステリー状態。

もう何年も何年も前の話になるけれど、当時の彼女らの声も空気感も全て身体が覚えている。

あの部屋のあの時間から、私のなかの時間はある面止まってしまったので。

 

書くにはちょっと複雑な経緯で、それまで親友と思っていた女性が、私がしばらく休んでいた期間以降なかで働いており、突然の私の離職にはノータッチで意味不明なメールが1通きたきり。

その仕事を紹介してくれた知人の男性も内部で働いていたけれど、突如去った私に連絡が来ることはなく、その後ある人を通じその職場を私が訴えたかたちで和解金等が成立したのちに、「金の請求なんかしたのか、お前も悪よの、大黒屋」とは言わないけれど、まぁそんなニュアンスの印象の言葉をかけられた。

あの事務所に呼ばれた日から約1カ月後に、ある人と不服申し立てに行った時点では、お相手たちは健忘症にかかられ全て記憶から消えていらした。

この経験から、その後、いざというときには録音しなければいけないんだ、と深く実感した。無防備にのこのこ出かけ、意識は飛んでしまい、どうやってその日その足で退職手続きをとったのか覚えていない。

結局、最上部の上の方が聞き取り調査らしきものを行い、「不適切な言動はあった」とされ、契約していた期間の給与と25万くらい(だったと思う)の和解金ですべて終わった。

多分、一般の企業組織ではこんな露骨な展開はないんじゃないかと思う。

障害者団体ほど感覚が遅れている、と後に聞いた。

ずーっと後になり冷静になれば、そりゃあ自分の障害のある子供の世話をする人が意味不明な障害者では心配になるだろうな、とは考えられる。ヘレン・ケラーさんにとってのサリバン先生のような、突出して優れた身体障害の方なら別だけれど、そんな人がそう簡単にこの日本にいるともあまり考えられないし。

(勿論、事故など私は起こしてはいない。ただ、呼び出されるのはいかがであっても、私の労働でのまずい落ち度から、「あの人障害があるらしい」という話がなかから出たようで。不安定になってしまう落ち度は、発達によるところではないと思われるけれど、そこはゆがんだかたちではなく対処していただきたかった。反省すべきところ。)

何にしてもその嫌悪感丸出し、敵意や憎悪に満ちた空気感、排除しなければ気が済まない集団の意識ーーー物ごころついてから、成育家庭の外でも悲惨な思いはずいぶん経験しているけれど、大人の集団いじめというものではこれがトップに間違いない。

それっきり生涯引きこもりになっても不思議なかったかもしれないほど、当時の自覚以上に人生にストップがかかった。

そうならなかったのは、たまたまの偶然の重なりでしかない気もする。その後自ら社会に対して積極的に働きかける、なんてことはしていないので。

その後通院先でカウンセリングを受けるようになっても、既に過去形のこのときのテーマを半年は軽く扱ったと思う。

障害者団体にとって、発達障害者が働く、ということがそんなにも「悪」なのか?

今でもこれは人生テーマの一つにもなっている。

障害者雇用ではなくてもオープンに働ける、という環境は、まだなかなか難しいのだろうな・・・。

昨今、老老介護も普通?だし、リタイア後から福祉の職に就く女性も多いだろうけれど、自分にはその道は閉ざされているな、と感じ続けている。

 

また、書きだすと複雑すぎるけれど、親友と思っていたシングルマザー女性が立場を偽ってずっとミセスだという設定で周囲を信じさせていたらしいこと、その事件を機に縁は簡単に切れたこと、など、重度な人間不信にも陥るのにじゅうぶんだった。ついでに、知り合いだった男性とも縁は切れた。

 

あれから10年はまだ経たないけれど、それに近いくらいの年月が過ぎた。

思えば、それ以前にはどんなに人生が失敗だらけでも懲りない性分や、何かしらのパッションはやっかいな隠れADHD的な根っことともにあったものが姿を潜めてしまった。

以後、とりあえずそこそこ無難な日々を送っている。

もうそろそろ、次の地平を風景を見てみたくなっているのかもしれない。

この記憶を書きだすことで、一つの整理になってくれるかもしれない。そうだといいけれど。

 

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