夜明けのハミング

成人発達障害、睡眠障害、愛着障害、複雑性PTSD、低血糖症――らとつきあいながらの半世紀。絵を描いたり歌ったりしながら、ゆるゆる生きる。どこまで健全に近づけるだろう?

低血糖飲食(糖質制限・カフェイン制限)をやめた

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実に長い期間、「低血糖の疑いあり(濃い)」ということで、病院内のカウンセラーより飲食指導を受けていた。

もう5年位、大真面目に(特に当初は)つづけたものです。

そして、わりと最近やめることにしました。セットで、というわけではないですが、そのカウンセリングもやめた、と言うか、長期休養。(戻るには段取りがかなりめんどくさいらしいので、難しそう。)

特定のカウンセラーや何らかの療法士なりとの関係がなく、そのようなマンツーマンでの室内での時間も消えたのも何年ぶりか・・・。

 

きっかけは、チャイだったと思う。

その昔、無謀にも一人でネパールを旅したこともある自分。当然、チャイは大好き。

その手のお茶や香辛料が苦手な人は、はじめからそんな土地に行こうとしないと思うけど。(一人旅はお勧めしません。)

けれど、とんでもなく長期にわたり、糖質制限はもちろん、炭水化物も控えめに、たんぱく質を中心に、飲み物はカフェインも極力摂らないように――。

血糖値を安定させるように。急激な変動がないように。

果物も甘いので控えましょう。

あれもこれも、気をつけましょう。

ダメなモノがたくさん増えた。

甘いモノへの中毒性は確かに消えた。スーパーでよく買っていた、とっぷり甘いデザート類など、欲しいと思わなくなり、驚いたことに「タイ焼き」中毒だったのが、お店の前の匂いをかぎながら歩いても立ち止まらない。

食後に麻酔を打ったかのような急激な眠気は、そういえば収まったのかもしれない。

でも、だからと言って体調が安定しているとも思えない。

ここ最近、睡眠負債がたまりとんでもなく体調不良となり、久々体重を測ったら、案の定すっかり痩せてしまっていた。。

(ダイエットする必要はなく、少し気を抜くと、また不安定になると、一気に痩せてしまうので注意が必要なタイプ。)

暴飲暴食は別として、どんなに飲食に気を遣っていても、栄養学では説明できないことが大きい、という方をむしろ信じている。

不食」、という人々も不思議と存在されるし、修行中の僧侶とか、栄養学上では絶対にあり得ない健康体の人々が実際にいる。

マクロビなど自然食でも(マクロビはすごくすごく苦手)、糖質制限でも、それだけでは絶対に抜け落ちている、大切な何かがあると思う。

(そもそも大昔から、「自然にこだわりすぎる人ほど性格が不自然」と、サラッと口にしていた。一部の人々から不思議と称賛されていたけれど。)

 

そう。自宅の近くの商店街に紅茶専門店がしばらく前に登場し、そこでは試飲サービスまである。カフェイン控えめ生活でご縁が薄くなってしまっていた、大好きな紅茶。

(一度カフェインレス紅茶を飲み、不味さに驚いた。。もっと高級品だとおいしいものもあるのかもしれないけれど・・・。)

そして、寒くなると店頭には「本格チャイの入れ方」というポップと共に、茶葉やスパイスセットが宣伝されている。

遂に耐えきれなくなり、その店でスパイスとブレンドされているティーバックのものを購入。懐かしさに泣けそうだった。

上品な優しい、ビギナー向けチャイだったかも。

(完璧にカフェインを絶っていたわけでもなく、たまたま気楽に買えるチャイセットに出会うとゲットしたときもある。)

その後、茶葉とスパイスセットで改めて再購入。チャイなしで、多少長生きして、かすかに安定するなら、チャイを飲んで早死にしたい、と本気で思えた。

そのときは店員さんが何杯も試飲のお茶を入れてくれ、有難さで心ふるえた。

(以後、そのお店は高価なので茶葉はよそで買っている。)

カフェイン抜きのコーヒーも紅茶あるけれど、それがあるからセットものの効果効能もあるはず。

(本当かどうかわからないけれど、コーヒーを飲んでいる人の方が自殺率が低い、というデータもあるとか? コーヒーから幸福感を感じられる、という説だけれど・・・?)

血糖値は安定するかもしれないけれど、生まれつき自律神経失調の私の安定なんて、低空飛行状態が維持されるだけ。(生まれて初めてかかったカウンセラーから言われた、的を得た表現だと思う。「ずっと低空飛行で生きてきた人」って。)

今では、朝の重要な儀式?として、より本式かつ美味しい本格チャイをいれることを、暮らしの小さな歓びとしている。

職場でも、マグカップに蓋をしてミルクティーにシナモンまで常備しやけに優雅にティータイムをとっている。(ハートのチャクラとやらに、ぽっと小さな灯りがともるかのような感覚を感じることもある。)

こんな日常の小さな歓びを犠牲にしてまで、低空安定を図り続ける必要が本当にあったんだろうか?もちろん、過度な不健康や暴飲暴食、人工的な甘すぎるものへの依存は別だけれど・・・。

そう。

自然へ傾倒しすぎることも、カウンセリングルームに通うことも、そこに「歓び」はない。(と思う。)

なにが悪い、なにが不適切、と、ネガにばかり注意が集中してしまう。

そうして安定だけを目指しても、なんだかデッサンや音程・声量だけが上手いだけの絵や歌かのように、味わい・魅力・面白みが欠ける味気のないよく出来た世界のような・・・。

(ただの下手も嫌ですけど。)

 

 

不思議とカフェイン解放し、ティータイムを味わうようになって以降、昨今地味に流行っている「マインドフルネス」の団体に参加していた当時よりも、ふっとした瞬間、料理や花に水やりなどの時折、自然とマインドフルネスとなっている瞬間を感じるようになれている気がする。

日常には、なるべく小さな歓びが点在している方が望ましいと思う。

いつか、チャイが好きだという誰かに味わってもらえるよう腕を上げたいな。

 

おつきあいありがとうございます。

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