ハミングしながら歩こう

成人発達障害、睡眠障害、愛着障害、複雑性PTSD、低血糖症――「生きづらさ」をゆるくいたわりながら、ゆっくり歩く。どうせなら歌いながら。

「生きづらさ」の光と影

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かの有名なアダルトチルドレン専門病院に通っていた時期が3年くらいはあったと思う。そこが開院されて1年くらいの頃に初診に行き、デイケアなどに通っていた。

まだ発達障害、なんて概念は日本にはない時代。

長らく投薬はなかった。そもそも、そこの有名院長先生、薬が効く人と効かない人がいるのはなぜか? という疑問から、患者さんの成育歴に意識を向けられたようで、私は薬を出してもあまり意味のないグループに入っていた。

と言うか、自分のなにが問題なのかもよくわかっていない、説明できない状態だったので、出しようもなかったのかもしれない。

でも、とにかくここで治療が必要なんだろう――それだけは確かな実感な気がしていた。

睡眠に問題がある、と、医師に語れたのは、通院してから2年は経ったくらいで、あまりにも人生のセットものすぎて、恥すぎてもいて、自己申告できる類のものとすら思っていなかった。

生まれて初めて、睡眠用にとデパス0.5gが処方され、眠れた、という体験に驚いた。

日中、起きていられる、というのはこういうことだったのか!!

フツーの人は、こんなふうに起きているのか!!!

その感動はそんなに長くは続かなかったけれど、とにかく驚いた。

 

その通院を通じて、院内でたいへんお世話になったカウンセラーさんを通じ(トークのカウンセラーさんは苦手になったけれど、この方だけは別格。存在感が違う。)、体調不良すぎて一人暮らしを断念して暮らしていた親の家から、再び小さなアパートを借りる、などの経緯をたどれた。

 

その当時、私は驚くほど過去の人生でも創作できていたんだと思う。イラスト、スケッチ(デッサン)、絵本。

明るすぎない明るい作品だ。暗い絵はまず描かない。描けない。

上記のカウンセラーさん以前に、別の女性カウンセラーさんが最初のカウンセリングの先生だった。その方のことは、著書で知っていた。著名な方だった。

何回目かのカウンセリングで、描いた絵を見せたところ、本気で驚かれていた。

どうもとても重い患者、というみたてで、イレギュラに早めの予約を入れられるようだんどりしてくれていた。

そのフラフラで体型もフニャフニャなクラゲのように見えていたんだろう私が、まさかこんなしっかりしたものを描いているとは・・・と口にされていた。

おそらく、絵と言っても、デッサンなどとは無縁な、女性がよく描くふわふわしたかわいい画風を想像されていたような感触だった。

その後私はアートセラピーも学んだけれど、絵ほどその人の内面が如実に暴露されるものも珍しいと思う。しょせん、経験豊富なカウンセラーと言っても、見た目の雰囲気や話す内容で、その人の潜在的な本質までは見えはしないんだ。

私がデッサンのある絵を描いてたら、そんなに意外ですか?

って、その場では言葉にならなかった。

(そのときに限らず、その場でとっさに自分の感情、言いたいことに気づくということがなかなかなく、自覚した頃にはとっくにタイミングは過ぎ去っている・・・)

 

院内のロビーで複製の展示を催させてもらったり、隣接の場を利用したり、有名院長先生に作品を見せおほめいただいたことなどもあった。

あの当時は、描くことに勢いがあった。

なんと、海外の夢幻だったコンペに入選し新聞沙汰にまでなった。

そして、どん底もいいとこだった。

通った割にはトラウマ治療としては何も進まなかった。

いま、当時より日常はある程度平和で、自律神経の調節も少しはベターになり、長年のつきあいの人からは、とても元気そうで普通の人に見える、とも言われるようになってきているけれど、かつてほどの創作への勢いは減ってきている。(加齢もあり?)

結局、それもふりこの原理で、右へのマイナスの傾きが大きいほど、左への創作エネルギーも大きくなるんじゃないかな。

ぬるま湯すぎる日常では、生まれる必要のないものがある。とりあえず平和、という状況で、少しずつ魂はそげ落ちているのかもしれない。

すると、もしかしたら、これ以上健康になってしまったら、本当に創作出来なくなるかもしれない。う~ん、それは困るなぁ。

 

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画像:ばーばら画(当時描いたもの)