夜明けのハミング

成人発達障害、睡眠障害、愛着障害、複雑性PTSD、低血糖症――らとつきあいながらの半世紀。絵を描いたり歌ったりしながら、ゆるゆる生きる。どこまで健全に近づけるだろう?

心理専門家からの二次被害

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ご訪問ありがとうございます。

(※長文になりますが、特にお伝えしたい内容ですのでお読みいただけると幸いです。)

 

早期発見、早期治療。

心の病は心の風邪。早く専門医療にかかりましょう。

 

 

カウンセリングはじめさまざまな心理療法が、特にネットの世界で情報があふれかえっています。

私が30歳前後で、はじめてこういうところを試そうと思った時期には、勿論ネットなどなく、本当に情報はありませんでした。

ただ、実際に行ってみなければわからない、という点では、事前の情報量の多い・少ないによらないのかもしれませんが。

一人で抱え込まず、専門家に相談しましょう。

これも、必ず判で押したような言葉として流通しています。

でも。

うっかりすると、この専門家のもとで二次被害のようなことにあう可能性があります。

よくレイプ被害の女性などが、その後の対応で更に傷になる、というような話はよく言われるようになり想像しやすいと思われます。

それと同じではないかもしれませんが、抑うつやトラウマなどで、うっかり専門家と思って意を決して訪ねても、その言葉や態度などがかえって辛く、決して安くない金額が消えていく。心に刺さった言葉は、なかなか消えません。

そういうことが、残念ながらけっこうあるように思えます。

望むほどの効果ではなかった、くらいならまだいいのですが。

そして、本当につらい、いっぱいいっぱいになっている時期、自尊心も勿論ないという人間が冷静に慎重に治療者を選ぶ、ということはままならないのが実情ではないでしょうか。選ぶ権利がある、という実感すらもてなかったりもします。

そもそも行かなければわからないし、レストランなどのように「食べ○○」のようなサイトで客観的な評価が見れるということもなし。

一対一の密室。

なかで何が行われているのかは、本人たちでなければわからない。

そして、支払いをしているクライアントは間違いなく弱っている状態。

 

日本のこの分野は、交通整理にあたる窓口がなく(英国ではあるらしい)、次々に専門家の看板は増え、どこが今の自分に適切なのか、自分の勘に頼るしかないような混乱した状況にあるように見られます。

 

そして、カウンセラーなりなんとかセラピスト、なんとか療法、なんとか心理セミナー、なんとかスピ・ヒーリング・・・・・・きりがありませんが、なんと呼ばれていようと、そういうメンタルな世界でビジネスにしている人々に共通するもの。

機能不全家族育ち

一般的な普通に?そこそこ環境に恵まれて育った人が、心の問題をテーマとしてそれを商いとして生きていこう、という展開になるんでしょうか?

経済面でも、安定はしづらいでしょう。

もっとも重要なのは、彼ら・彼女らは、どこまで自身の問題をクリヤーし癒えているのでしょうか?自分的にOKと思いこんでいるだけ、かもしれません。

どうやって受ける側がそこを測れるのでしょうか?

なんの療法、やり方をやっているにせよ、最終的にはその人の世界観・人間性が土台となるはずです。

たとえ本人に自覚がなくても、内にまだ未処理な感情があり、誰かの上に立ち認められたい、自覚なくコントロール欲にあふれている、弱者を必要とする人が存在しがちな業界です。(福祉業界もしかりのような。他、個人経営の先生にあたる職も。)

誰かを癒したくてたまらない、でも、本人がまず先にいちばん癒されなければいけないような人々。

一般常識からずれた極端な思考の人もいらっしゃるかもしれません。(表面、そう見える人はまずいないでしょうが。)皆、独自のやり方でやっていける分野です。合わない人は去ればよい。

行き過ぎた、不適切な対応があったとしても、誰からも注意はされません。

カウンセリングやヒーリングなど、密室で1対1。

その人と同じ空間に2人で居て、あたたかさや心地よさが感じられるでしょうか?

安心できる感覚・空気感はあるでしょうか?

語り口調は威圧的・独善的ではないでしょうか?

その人の思考に引っ張られてしまう、というようなことはないでしょうか?

教祖になりたがってはいないでしょうか?

見た目に、健康的な印象はあるでしょうか?

また、その料金は続けられる金額でしょうか?

 

かつてユングは「傷ついた治療者」という言葉を言われたそうです。

自らの心の傷を治癒した者が、他者の傷や苦しみが理解できる。病んだ経験者によってなされる領域、というようなことらしいです。

そうあることが理想でしょう。

本当にその治療者が、悩み抜きもがき全身で体得して次の大きなステージに立てた、というブッダのよう、とまでいかなくても、ただ教育された通りにこなそうとしても、生身の痛みを抱えた人間たちには見破られるのではないでしょうか?

 身体の骨折などと違い、はたしてどの程度、心を委ねて大丈夫の治療家の割合は今の日本にあるのでしょう?

良い方だとしても、人間同士の相性が極めて大きすぎる世界です。

 

実体験で、二次被害とまで言っていいのかわかりませんが、残念な体験を懲りずに体験してきています。 

特にスピ系が入っていると、極端な方が多くいらっしゃるような気もしますが・・・。

(たった一人、次元が違う、存在感が違う、と思えた女性カウンセラーさんは、立場の高いカトリックのシスターだったそうですが、一般的なスピや神・イエスがどうとかいう言葉が一切出てきませんでした。当たり前に天上の高いレベルに繋がっていらっしゃったように見受けられました。浅黒い肌の色は、山谷での日雇い労働の人々へ援助活動をされていたからのようで、どこか現代のマザーテレサふうでした。そういう方は、営業はされていません。ググっても出てきません。)

 

かつて20代の頃、生まれて初めて、当時つきあいのあった人から誘われ、当時の周囲でちょっとした話題だったセミナーとやら?(自己啓発のメンタル系だったのかも)を受講しました。

そのトレーナー男性は、自らの非は認められない方で、主催側のだんどりのため何度もスタートが遅れていることも受講者に問題意識をすり替え(一人の受講生からの質問に、「それを許せないのはあなたの問題だ」と。)、誰かの欠席もチームを組んだ受講者の問題とし、集団のなかで、あなたの見えない潜在的なところが見えているのだ、と「あなたは重症だ」「あなたは慢性病にかかっています」「あなたは母親の影を生きていますwww」と上からちゃかしようなた言い方で満面の笑顔で繰り返す、皆の前で不安をあおられてしまう。

ある受講者に電話し「近くまで行くので格安でカウンセリングしてあげますよ」と誘いをかける・・・という人でした。(もれ伝わった話も含め)

現在もたいへん活躍されているらしい方です。出版物も多く、ナントカ心理学とやらを生みだされたとか。

入れ替わり立ち替わり、必要とする方がいるのでしょう。

生まれて初めてメンタルへの取り組みの場だったので、その爪あとはたいへん大きなものが残っています。

 特に、「自己啓発系」となる団体には注意が必要です。選民意識も強く、つぎつぎ上のコースを受けさせるような流れとなり、抜けるに抜けられなくなったりするようです。

こういう世界にはまる人々、極端な思考・言動になってしまう傾向にあるように見受けられます。。

 

その後、生まれて初めてかかったカウンセラーは、年輩の女性。ネットなどなく少ない情報のなか、やっとの思いで藁をもつかみたく、電話での印象が良かったので勇気をふりしぼり訪ねたところ。(電話で声の感触を確かめろ、と注意を受けていたので)

初回時かなりの抑鬱状態でなんとかこれまでの人生経緯を一部語ったところ、「今までずっと低空飛行、不完全燃焼できた人なのね。大体わかったわ。」とあっさり言いきられました。

それはそうかもしれないけれど、もともと自尊心が育っていない人間が、どっぷり落ち込んで訪ねるのです。低空な自分ストーリーしか語れない状態で。

その後、このおばさんからは「親の悪口なんか言ってないで・・・」とか言われ、打ち切りに。他にどこで吐ける場があるんでしょうか?まだまだ「毒親」なんて響きのない時代。

 

また、その後、カウンセラーのなかでも、「話をきいて気づきをうながす」というやり方は日本人には合わない。自分の話を聞いていればいい。と、ひたすら「クライアント達はいかに良くなりたがらないか。あなたもそうだ。」と、延々一人で話し続けた男性カウンセラーもいました。

初回のみでやめましたが、既定の何千円か支払わなければなりません。

 どんなスタイルなのか、行く前にわかっていると助かりますね。

 

比較的近年、懲りずに半年通った男性カウンセラーも、人を落っことす名人で、容貌も暗かった。

重い気持ちで、更に宿題が増え一人で対処しなければ・・・と思いつつ帰路歩いていたものです。 

なぜ半年も通ったんだろう。すぐにやめるのは良くない、関係を作ろう、と頑張った気がするけれど、他のことを頑張った方がよかった。

 

メールでのやりとりも期間内自由にできる、というカウンセラー中心のグループワークに参加もし、契約後初のメールに対して、びっくりする過激な反応で、契約内では個人カウンセリングも自由に受けられたのですが、それは見合わせました。(怖くて受けられない)

のちに著作を何作が出されましたが、本人に会ったことがある・友人が受けた、という人々の評価は高くはありません。(☆三つが最高だったか?)

 

残念ながら、自己評価の低い弱い自分でいる限り、半永久、どこの誰にあってもちょうどいい餌食になる。

人間の動物としての本能はあなどれません。自分より弱い者への無意識の攻撃は、病んだ者には制御しがたいでしょう。例え優しい表現であったとしても。自尊心の欠落した者がたどる宿命かもしれない。どこまで行っても、孫悟空の話にあった、同じ手のなかをぐるぐる飛んでいただけ。

ある程度の自尊心・強さをもってのぞまなかれば、トークのみのカウンセリングを受けるのはたいへん難しい、というのが自分にとっての結論です。

(そういう状態であれば、受ける必要もあまり感じないでしょうが・・・)

西洋人であれば、英語などそもそも主語がある言葉を常用し、子供の頃からスピーチをクラスの前で行う、など、言葉での自己表現にも馴れているでしょう。

 

それでもどこかで、誰か他者に受け入れられる体験は必要だと思うのです。

水島広子さんという、著書でのみ知っている方のPTSDに関する文章のなかでも、

「あなたは悪くない」と誰かに言ってもらえる体験がなされなければ、自分で自分を責める 負のループができてしまう、

という旨が書かれていました。(手元になく、文面詳細は不明。)なるほど。

 負のループのままで、病んだカウンセラー達の世界を右往左往してしまうことに。

正しく知る不安障害 ?不安を理解し怖れを手放す? (ぐっと身近に人がわかる)

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行き場のないエネルギーは、特に女性の場合、内側に攻撃が向きがちでしょう。 自傷だったり、毒母になったり。

 やはり、安全な受け皿となる人はいてほしい。

近所のおばちゃんでも、スナックのマスターでも、美容師でも、お稽古ごとの先生でも。

負の感情が身体に強く残っていると、凍りついてとどまります。

たまった感情が身体から抜け、過去の「ただの記憶」になるまでに、一人ではなかなかたいへんだったりするので専門家を必要とするのではないでしょうか。

心地よい感情は軽いので流れていきますが、トラウマとなるネガティブな感情は重く氷結し、長く長く居座っているものです。感触として、踏みつけてしまったガムのようにやや硬さとベッタリ感がどんよりとくっついて離れない、のような。または、濁った油田のような。

そこを溶かすために存在するのが心理専門家なはず。本来。

 

けれど、「心の専門家」という立場は、自分がときにクライアントさんの加害者になり得る、という自覚もあってほしいと切に望みます。 

 

その専門家さんの良識、どこまで癒されている人か、自分との相性。金額。

本やネットのブログなどでの感触が良いからと言って、必ずしも臨床が上手い、自分と合うとは限らない世界。(むしろ、営業上手は要注意かも)

それは、身体医療でも同じ。あまりにもエライ先生になられている方ほど、臨床はお上手ではない感触でした。

およそ聞きたくない、希望をもてない言葉を口にされる先生は、たとえ腕が良くてもやめた方がよい、と思います。

 

基本、カウンセリングやセラピーなど、続けるには大金がかかります。

なので、やはり社会的に(経済的に)問題がない人が顧客になるわけですね。当たり前だけど。

本当に困っている人は、お金にも困っている場合が多いんじゃないか、と思いますが、どうなんでしょうか。 

人生が変わるなら、と不安を押しこめ期待も込めて、清水の舞台から飛び降りる思いで受けても効果といえるほどのものが感じられない、でも文句も言えない。自己責任だから。受ける側の問題、まだその時じゃなかった、とか、本人に変わる意思がない、ということになるので。うっかりすると、どんどん金銭感覚が狂ってしまいます。

 

近年しみじみ思いますが、うっかり心理専門家につくより、身体からアプローチする方が確実です。

言葉で表現しにくい人は特に。

 

可能な範囲で、「習慣」を変えていくわけですね。

 

ヘンなカウンセラーなら見限って、その時間とお金で運動しよう。自然にふれよう。栄養あるもの食べましょう。また、可能ならしっかりよく寝ましょう。

本から知識を得るのも有効です。なにがどうなっていたのか、と知った上で身体に取り組むと違うのではないでしょうか。

原因不明の体調不良(ほとんどが環境のエネルギーによったのでは)、尋常じゃない腰痛など不調のプロでしたので、身体療法にもお金と時間を注ぎつづけてきましたが、気がついたら特に「身体治療院」というところには通わずに生活できるまでになりました。快挙!!

(ヨガスタジオには通っています。)

 

本来、世の中、日本に、心理専門家だらけじゃなくていい社会、というあり方がいちばん望ましいと考えます。そうあってほしい。

こちらの記事もご参考にどうぞ。

カウンセリングの危険

 

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※2018/7/30 加筆修正しました。