ハミングしながら歩こう

成人発達障害、睡眠障害、愛着障害、複雑性PTSD、低血糖症――「生きづらさ」をゆるくいたわりながら、ゆっくり歩く。どうせなら歌いながら。

心理専門家からの二次被害

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(※長文になりますが、特にお伝えしたい内容ですのでお読みいただけると幸いです。)

 

早期発見、早期治療。

心の病は心の風邪。早く専門医療にかかりましょう。

キャンペーン用語になってるみたいですが、本当の身体の風邪や捻挫などの身体医療と違い、メンタルなものは病院に行ったから治る、というものでもないんじゃないか。

原則、薬物療法で、精神医療はほかの科と違い薬を渡す以外に収入源がないのではないでしょうか? 基本、薬やさん。

話を親身に聞いてくれる、という時間もありません。

勿論、いいお医者さんで信頼関係も築け、必要最低限な薬物療法で続けられるなら良いと思います。

ただ、現実に、薬の効果にしか興味のない医師、心のことには詳しくない医師の方が多いのではないでしょうか。

 

そして、カウンセリングはじめさまざまな心理療法が、特にネットの世界で情報があふれかえっています。

私が30歳前後で、はじめてこういうところを試そうと思った時期には、勿論ネットなどなく、本当に情報はありませんでした。

ただ、実際に行ってみなければわからない、という点では、事前の情報量の多い・少ないによらないのかもしれませんが。

「一人で抱え込まず、専門家に相談しましょう。」

これも、必ず判で押したような言葉として流通しています。

でも。

うっかりすると、この専門家のもとで二次被害のようなことにあう可能性があります。

よくレイプ被害の女性などが、その後の対応で更に傷になる、というような話はよく言われるようになり想像しやすいと思われます。

それと同じではないかもしれませんが、抑うつやトラウマなどで、うっかり専門家と思って意を決して訪ねても、その言葉や態度などがかえって辛く、決して安くない金額が消えていく。心に刺さった言葉は、なかなか消えません。

そういうことが、残念ながらけっこうあるように思えます。

望むほどの効果ではなかった、くらいならまだいいのですが。

そして、本当につらい、いっぱいいっぱいになっている時期、自尊心も勿論ないという人間が冷静に慎重に治療者を選ぶ、ということはままならないのが実情ではないでしょうか。選ぶ権利がある、という実感すらもてなかったりもします。

思い返せば、本当に重い状態の人のための場、というよりも、軽症状況の人のために後押しするところが圧倒的なのかもしれません。

日本のこの分野は、交通整理にあたる窓口がなく(英国ではあるらしい)、次々に専門家の看板は増え、どこが今の自分に適切なのか、自分の勘に頼るしかないような混乱した状況にあるように見られます。

この人に、この療法に救われたので自分も!! と、クライアントだった人々が講師となるセミナーなりを受け、大量の専門家が日々生まれ続ける。それはそれで結構ですが、本当に皆に適性があるのか? 他にやりたい・得意・適正分野があったのでは? 10人10色にならないのはなぜなのか?

そして、カウンセラーなりなんとかセラピスト、なんとか療法、なんとか心理セミナー、なんとかスピ・ヒーリング・・・・・・きりがありませんが、なんと呼ばれていようと、そういうメンタルな世界でビジネスにしている人々に共通するもの。

機能不全家族育ち

100%そうだ、と言い切るカウンセラーさんもいらしたけれど、一般的な普通に?愛情ある環境で育った人が、心の問題をテーマとしてそれを商いとして生きていこう、という展開になるんでしょうか?

すると、彼ら・彼女らは、どこまで自身の問題をクリヤーし癒えているのでしょうか?どうやって受ける側がそこを測れるのでしょうか?

なんの療法、やり方をやっているにせよ、最終的にはその人の世界観・人間性が土台となるはずです。

たとえ本人に自覚がなくても、内にまだ未処理な感情があり、誰かの上に立ち認められたい、自覚なくコントロール欲にあふれている、弱者を必要とする人が存在しがちな業界です。(福祉業界もしかりのような。)

誰かを癒したくてたまらない、でも、本人がまず先にいちばん癒されなければいけないような人々。

一般常識からずれた極端な思考の人もいらっしゃるかもしれません。(表面、そう見える人はまずいないでしょうが。)独自のやり方でやっていける分野です。合わない人は去ればよい。

特にカウンセリングやヒーリングなど、密室で1対1。

その人と同じ空間に2人で居て、心地よさが感じられるでしょうか?

安心できる感覚・空気感はあるでしょうか?

語り口調は威圧的・独断的ではないでしょうか?

その人の思考に引っ張られてしまう、というようなことはないでしょうか?

教祖になりたがってはいないでしょうか?

また、その料金は続けられる金額でしょうか?

 

かつてユングは「傷ついた治療者」という言葉を言われたそうです。

自らの心の傷を治癒した者が、他者の傷や苦しみが理解できる。病んだ経験者によってなされる領域、というようなことらしいです。

そうあることが理想でしょう。

 身体の骨折などと違い、はたしてどの程度、心を委ねて大丈夫の治療家の割合は今の日本にあるのでしょう?

良い方だとしても、人間同士の相性が極めて大きすぎる世界です。

 

実体験で、二次被害とまで言っていいのかわかりませんが、残念な体験を複数体験しています。 

特にスピ系が入っていると、極端な方が多くいらっしゃるような気もしますが・・・。

(たった一人、次元が違う、存在感が違う、と思えた女性カウンセラーさんは、立場の高いカトリックのシスターだったそうですが、一般的なスピや神・イエスがどうとかいう言葉が一切出てきませんでした。当たり前に天上の高いレベルに繋がっていらっしゃったように見受けられました。浅黒い肌の色は、山谷での日雇い労働の人々へ援助活動をされていたからのようで、どこか現代のマザーテレサふうでした。そういう方は、営業はされていません。ググっても出てきません。)

 

かつて20代の頃、生まれて初めて、当時つきあいのあった人から誘われ、当時の周囲でちょっとした話題だったセミナーとやら?(自己啓発のメンタル系だったのかも)を受講しました。

そのトレーナー男性は、自らの非は認められない方で、主催側のだんどりのため何度もスタートが遅れていることも受講者に問題意識をすり替え(一人の受講生からの質問に、「それを許せないのはあなたの問題だ」と。)、誰かの欠席もチームを組んだ受講者の問題とし、集団のなかで、あなたの見えない潜在的なところが見えているのだ、と「あなたは重症だ」「あなたは慢性病にかかっています」「あなたは母親の影を生きていますwww」と上からちゃかしようなた言い方で満面の笑顔で繰り返す、「今はおさまっているけれど、あなたのなかに眠る自己破壊は・・・」と、皆の前で不安をあおられてしまう。

ある受講者に電話し「近くまで行くので格安でカウンセリングしてあげますよ」と誘いをかける・・・という人でした。(もれ伝わった話も含め)

現在もたいへん活躍されているらしい方です。出版物も多く、Amazonでも高評価。ナントカ心理学とやらを生みだされたとか。

入れ替わり立ち替わり、必要とする方がいるのでしょう。

生まれて初めてメンタルへの取り組みの場だったので、その爪あとはたいへん大きなものが残っています。

 特に、「自己啓発系」となる団体には注意が必要です。選民意識も強く、つぎつぎ上のコースを受けるような流れとなり、抜けるに抜けられなくなったりするようです。

こういう世界にはまる人々、極端な思考・言動になってしまう傾向にあるように見受けられます。。

 

その後、生まれて初めてかかったカウンセラーは、年輩の女性。ネットなどなく少ない情報のなか、やっとの思いで藁をもつかみたく、電話での印象が良かったので勇気をふりしぼり訪ねたところ。(電話で声の感触を確かめろ、と注意を受けていたので)

初回時かなりの抑鬱状態でなんとかこれまでの人生経緯を一部語ったところ、「今までずっと低空飛行、不完全燃焼できた人なのね。大体わかったわ。」とあっさり言いきられました。

それはそうかもしれないけれど、そういうふうにクライアントの前で言うものなんでしょうか?もともと自尊心が育っていない人間が、どっぷり落ち込んで訪ねるのです。こちらの話も、本人独自の解釈に沿って、なぜか私はある人に横恋慕していた設定になっていたり。説明もめんどくさくなってしまい、その設定のままに。

その後、このおばさんからは「親の悪口なんか言ってないで・・・」とか言われ、打ち切りに。他にどこで吐ける場があるんでしょうか?まだまだ「毒親」なんて響きのない時代。ただの近所のおばさん。とてもにこやかな人でした。

 

また、その後、カウンセラーのなかでも、「話をきいて気づきをうながす」というやり方は日本人には合わない。自分の話を聞いていればいい。と、ひたすら「クライアント達はいかに良くなりたがらないか。あなたもそうだ。」と、延々一人で話し続けた男性カウンセラーもいました。

初回のみでやめましたが、既定の何千円か支払わなければなりません。

 

比較的近年、懲りずに半年通った男性カウンセラーも、人を落っことす名人で、容貌も暗かった。

重い気持ちで、更に宿題が増え一人で対処しなければ・・・と思いつつ帰路歩いていたものです。たとえば、海外や外人さんらには安心感・親近感が通常より強い、と話すと、「日本社会で挫折してるからですよ。」と、あっさり。

(それは確かにそうでしょう。そして、記憶にある限り、日本語以外の言語で辛辣な言葉を浴びたこともなく、小学生のころ大風邪でも休めず、鼻水ズルズルの私にティッシュをくれケアしてくれたのは、英語教室の外人女性先生でした。

珍しく優しい対応というものを体験させてくれ、フツーの子供扱いしてくれた。みっともなすぎて、見るに堪えなかっただけかもしれないけれど。

たったそれだけのことを、今でもくっきり覚えているくらい。外人さんは優しくしてくれる――思い込みの一つ。)

あの人は一体何をしたかったんだろう?と、時々思い出します。なぜ半年も通ったんだろう。すぐにやめるのは良くない、関係を作ろう、と頑張ったのだけど、他のことに頑張った方がよかった。

 

メールでのやりとりも期間内自由にできる、というカウンセラー中心のグループワークに参加もし、契約後初のメールに対して、びっくりする反応で、契約内では個人カウンセリングも自由に受けられたのですが、それは見合わせました。(怖くて受けられない)

日常であれ?と思えることでの文章に対し、「現実はすべて自分がつくるもの。○○が面白くなかったのも、すべてあなたが創っています!もう言い訳はいいから、トラウマ感情を感じなさい!あなたは私から見ても・・・(ネガティブに見える云々)!!」というメールでした。まぁ、言われても仕方のないものがあったのでしょうが、プロとしては極端な反応に感じられました。この人の息子さん達はたいへんだったろうな、と思ってしまいました。

 

それでもどこかで吐き出す作業、溜まりこみすぎていた感情を安全に受け止めてもらいたい、という無意識からの強い願望に突き動かされ、失望しては他のどこかにいい治療者がいるのでは、とジプシーになる人は私だけじゃないかと。

残念ながら、そういう弱い自分でいる限り、半永久、どこの誰にあってもちょうどいい餌食になる。

人間の動物としての本能はあなどれません。自分より弱い者への無意識の攻撃は、病んだ者には制御しがたいでしょう。例え優しい表現であったとしても。自尊心の欠落した者がたどる宿命かもしれない。どこまで行っても、孫悟空の話にあった、同じ手のなかをぐるぐる飛んでいただけ。

ある程度の自尊心・強さをもってのぞまなかれば、トークのみのカウンセリングを受けるのはたいへん難しい、というのが自分にとっての結論です。

(そういう状態であれば、受ける必要もあまり感じないでしょうが)

 

ただ、やはりどこかで、誰か他者に受け入れられる体験は必要だと思うのです。

水島広子さんという、著書でのみ知っている方のPTSDに関する文章のなかでも、

「あなたは悪くない」と誰かに言ってもらえる体験がなされなければ、自分で自分を責める 負のループができてしまう、

という旨が書かれていました。(手元になく、文面詳細は不明。)なるほど。

 負のループのままで、病んだカウンセラー達の世界を右往左往してしまうことに。

正しく知る不安障害 ?不安を理解し怖れを手放す? (ぐっと身近に人がわかる)

正しく知る不安障害 ?不安を理解し怖れを手放す? (ぐっと身近に人がわかる)

 

行き場のないエネルギーは、特に女性の場合、内側に攻撃が向きがちでしょう。 自傷だったり、毒母になったり。

 やはり、安全な受け皿となる人はいてほしい。

トラウマ感情が強く残っていると、日常生活にもセルフイメージにも影響します。

それは身体に凍りついてとどまります。

たまった感情が身体から抜け、過去の「ただの記憶」になるまでに、一人ではなかなかたいへんだったりするので専門家を必要とするのではないでしょうか。

心地よい感情は軽いので流れていきますが、トラウマとなるネガティブな感情は重く氷結し、長く長く居座っているものです。感触として、踏みつけてしまったガムのようにやや硬さとベッタリ感がどんよりとくっついて離れない、のような。または、濁った油田のような。

そこを溶かすために存在するのが心理専門家なはず。本来。

 

けれど、「心の専門家」という立場は、自分がときにクライアントさんの加害者になり得る、という自覚もあってほしいと切に望みます。 

 

その専門家さんの良識、どこまで癒されている人か、自分との相性。金額。

本やネットのブログなどでの感触が良いからと言って、必ずしも臨床が上手い、自分と合うとは限らない世界。(むしろ、営業上手は要注意かも)

それは、身体医療でも同じ。あまりにもエライ先生になられている方ほど、臨床はお上手ではない感触でした。

およそ聞きたくない、希望をもてない言葉を口にされる先生は、たとえ腕が良くてもやめた方がよい、と思います。

美容師さんだって、どの町にも美容室はあふれるほどあるのに、本当にバッチリな相性の方との出会いはそんなにあるものではないのと似ているかもしれません。

出会えた! と思っていても、その方が遠方に去ってしまったり、経済事情悪化により通えなくなったり・・・という面も、似ているような気もします。

せっかく行って、とてもがっかりな頭になった時のあの落ち込み!なぜそこまで落ちるのか・・・というくらい。でも、髪なら時間が解決してくれますが、心にささる言葉、マインドコントロールはそう簡単に消えません。

 

ある程度のところまではセルフヘルプで、一人ではってでもレベルを上げ、困った専門家との縁が出来なくてよい体質にもっていく必要がある・・・のかな、と考えるようになっています。これも、流行りの「ひきよせ」かも。

自分が自分の味方になりきれない、愛着障害が強く根っこの弱い人間は、ただひたすら負のループとなりがちなところがつらい。

(愛読しているブログ、いつも空が見えるから | 子どもの疲労と発達・愛着のなかにも、根深い愛着障害の場合、言葉によるカウンセリングはあまり有効ではないような文面があったはず。どこだか忘れたけれど。)

コントロールしたい・されたい人間のループのなかにはまっているだけ、かもしれません。

 

また、私に限らず、どうもアスペルガーの人たちは、言葉を交わすだけのカウンセリングというものとの相性はあまり宜しくないそうです。

もやもやした感覚を、適切な言語に変換しようとするだけで、相当左脳が疲労します。そしてなかなか、言葉ともとの感覚のエネルギーは一致してくれないものです。

 現在長く受けている、SEという療法を中心としているカウンセラーさんが言われたことですが、トークだけだと脳の表面的な部分しか使わないので深い変革につながりにくい。爬虫類脳と呼ばれると原初的なところには届かない、とのことです。

 

かなりスピな、セラピー・ヒーリングと呼ばれるジャンルもいくつか体験しました。

ある女性で、当時はまだかけだしの方でしたが、その後大人気で、今や予約も難しくなっているようです。

きわめて短期でたいへんな変化をうながす、とのスピな療法?で、1度だけ有料体験したのちモニターとなり2回。でも、私には全然効果なし。他の多くの方々には大変化がおこりたいへん好評らしいので、とても残念でした。。

やる気のつもりでも、無意識で抵抗していたのかもしれません。

そこでのやり方で、私ほど思い込みの数が多い人は今までいなかった、その人の先生だけ(!)、とのことで、そんなに凄いのか自分、と感心はしたけれど。

 

もうお一人男性で、ある程度は確かに効果の実感は本当にあったけれど(一晩で現実がガラッと変わったりしたので)、ご本人の非常識な行動がわかってしまい人間性を疑い、続けることが不可能になり打ち切り。 (ご自身が提供されるスタイル以外は全てダメ、という極端な「自分が正しい」思考の方のようでした。その療法の世界での腕は、確かに相当なものらしい。)

 

皆さん、自分の習ったやり方しか存じ上げません。

ふつう個人で活動されており、もしどこか行き過ぎた点があったとしても、チェック機構もありません。伸びる企業など、トップのそばに反対意見を言える人材を置いている、ということがあるようなのですが(全てではないでしょうが)、そんな体制はあり得ません。

  

基本、こういう世界は続けるには大金がかかります。

なので、やはり社会的に(経済的に)問題がない人が顧客になるわけですね。当たり前だけど。

人生が変わるなら、と不安を押しこめ期待も込めて、清水の舞台から飛び降りる思いで受けても効果といえるほどのものが感じられない、でも文句も言えない。自己責任だから。受ける側の問題、まだその時じゃなかった、とか、本人に変わる意思がない、ということになるので。うっかりすると、どんどん金銭感覚が狂ってしまいます。

(借金してまではまると、人生終わると思われます。)

そして、何らかの療法や治療家さんと少し前に進んだとして、ずっと同じようにつづけられるとも限らない。人は変わっていくので。

 

本当に困っている人は、お金にも困っている場合が多いんじゃないか、と思いますが、どうなんでしょうか。 

 

どこかに夢のような治療師さんがいて、一気に心身が好転する――なんて、シンデレラストーリーのような幻想からはさすがにとっくに覚めました。もっとずっとずっと早い時点で気づいていいはずだったのですが。。

 

近年しみじみ思いますが、心のことのようだけれど、そのような心理専門家につくより、身体からアプローチする方が確実です。

言葉で表現しにくい人は特に。

運動しましょう。

呼吸しましょう。

呼吸しやすい身体になりましょう。

食生活を見直しましょう。

出せるものは出しましょう。

つまり、「習慣」を変えていくわけです。

身体のことは、どんなに強調しても足りないくらい。特に、発達系、アスペルガーさんら、体育苦手で姿勢悪い人多いですから。(^_^;)

ヘンなカウンセラーなら見限って、その時間とお金で運動しよう。栄養あるもの食べましょう。また、可能ならしっかりよく寝ましょう。

本から知識を得るのも有効です。なにがどうなっていたのか、と知った上で身体に取り組むと違うのではないでしょうか。

原因不明の体調不良(ほとんどが環境のエネルギーによったのでは)、尋常じゃない腰痛など不調のプロでしたので、身体療法にもお金と時間を注ぎつづけてきましたが、気がついたら特に「身体治療院」というところには通わずに生活できるまでになりました。快挙!!

(ヨガスタジオには通っています。)

 

本来、世の中、日本に、心理専門家だらけじゃなくていい社会、というあり方がいちばん望ましいと考えます。そうあってほしい。

こちらの記事もご参考にどうぞ。

カウンセリングの危険

 

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