ハミングしながら歩こう

成人発達障害、睡眠障害、愛着障害、複雑性PTSD、低血糖症――「生きづらさ」をゆるくいたわりながら、ゆっくり歩く。どうせなら歌いながら。

成育歴2(幼稚園以前)

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これは私の個人的な成育記録です。

いまなら、書けるかもしれない、というところでの、自分の障害や特徴などをふりかえるものです。

成人発達障害愛着障害複雑性PTSDなどにご興味のある方は、ある一人の人間の症例としてなにかのご参考になるかもしれません。時代ごとに項目を分けていきます。

読むことでフラッシュバックが起こる可能性のある方は、読まないでいただくようお願いします。 

 

1歳から3歳まで過ごした名古屋市で、妹が生まれた。

庭つきの一軒家の社宅。庭の記憶がうっすらある。真っ赤なイチゴがなった。

すでに自律神経失調気味だったと思う。

庭で便秘に苦しんでいた記憶も残っている。車にも酔いやすい。

1歳半くらいから1年くらい、毎日デンデンムシの絵を描き続けていた。

三軒ならびで、他の二軒の家にも少し上の子供たちがいた。

すでに、世界と、他の子供と自分とのあいだに透明な膜のようなものがあった感があった。

なにか遊ぶ、となると、決まって私の分は悪かった。

多分、みそっかすだったんだろう。針葉樹の葉っぱを注射にみたて、私の腕にさす。じっとがまんしている患者役。

砂で作ったままごとのご飯を本当に食べるんだ、と強要され?、本当に口に入れ大泣きした。原則、言いなりで寡黙に従っていた。

その後の土地でも、そんなような立場は延々とつづいた。

室内で横になっていた母の側によると、赤ちゃんがいるからダメだ、と接触を拒否された。

まだお腹は大きくはなく、どこにいるのかわからなかったと思うけれど、なぜかよく覚えている。

生まれつきの自閉系だったのかどうか、当時の記憶ではよくわからない。あまり活発ではなかったはずだけど。

 

ただ、母はこの土地がかなり気に入っていなかったらしく、妊娠中はとてもきつい想いをしていたらしい。体験したことのない夏の猛暑など。

住まいは定まらず、次の地域以降、本格的に母の困難な時代になっていったのだと思う。

多分私も。

 

お読みいただきありがとうございます。

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画像:ばーばら画(自画像)