夜明けのハミング

成人発達障害、睡眠障害、愛着障害、複雑性PTSD、低血糖症――らとつきあいながらの半世紀。絵を描いたり歌ったりしながら、ゆるゆる生きる。どこまで健全に近づけるだろう?

おけいこ事とカウンセリングの類似点

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お越しいただきありがとうございます。

けったいなタイトルをつけております。

 

おけいこ事・習い事。

子供の頃から数えると、ずいぶんな種類を体験してきた方かもしれません。

最近、習っていたあるレッスンをやめることにしました。

2年と少しつづけられ、成人以降からのおけいこごとのなかでは続いた方です。

ものごとがつづかない。

なにかしらの習い事の場合、たいていは仕事が不安定で経済事情でとても好きだったのに突然中断せざるを得なかったことが多かったのですが、今回は、そこが激安だったこともあり(なので、たいていのことは「それも低料金のうち」と流されていく)、自分の都合で月に1回でも(場合によっては0回でも)OKだったので、ついに3年続けられるのではないか? と、「石の上にも3年」説に乗れそうだったので残念でもあります・・・。

楽しめるオプションもあったので。

ただ、個人経営での個人レッスンでもあり、こういうスタイルで講師に疑問をもって去る、というの、あまり言われないかもしれないけれど、カウンセラーなどとの関係性にもよく似ているな、と思う。

以前にも書いたのですが

 

barbara1414.hatenablog.com

 

たいていのカウンセラーらは個人経営者が多く、自分で確立されたスタイルで、弱って来訪されるクライアントさんと密室で1対1となり、それがビジネスといっても圧倒的な上下関係が前提となっている・・・。

など、どこぞのおけいこ事の先生と生徒のようでもあります。トラディショナルな師弟関係ならまだ、どんなに暴言を吐かれても師の問題もすべて呑み込んで、芸を盗み、おけいこに励んだりするのかもしれませんが。

(子供の頃、マンツーマンで威圧的であまりにも辛い、あるおけいこの先生にあたり、どうしても先生を変えてくれ、と訴え、繁華街にあるセンターに通うことにする、という設定で話してもらったら、そっちでも自分が教えているから、と場所が遠くなっただけという悲劇も体験。実力はすごい人だったようだけれど・・・。)

特に個人経営でマンツーマンでとなると、暴走があっても誰からも注意もなく、教える・与える側が偉いことになっていたりします。

なにが行われているか、外部にはわかりません。

まるでカウンセラー達みたい。

医者と患者でも、先生に重要な診断書などを書いてもらうために、うっかりご機嫌を悪くされては困る、と気を遣い続ける・・・という話もよくありますね。

家庭内での親と子供(特に幼児)の場合など、言うまでもありません。

(この場合、親が高齢者となったときに中高年となった子供から「復讐・仕返し」となるケースは多いようです。自業自得ですが。)

何であっても、習い事くらいなら、生徒も大人ならフツーあまり逸脱されたりすると、あっさりやめる、とかできるでしょうが、カウンセラーにかかるクライアントであれば、それが支払いに対し不適切であったとしてもほとんどのクライアントはかなり弱った状態にあるので、自身に非があると自責の念をもったりもしかねない。

(SMが成立するビジネスだったりする。)

学校の先生やカルチャーセンターなど大手スクールなどであれば、まだ窓口になる、どこかしら言えるところがありそうです。

けれど、個人経営者に対しては、もう諦めて去るしかないでしょう。

相手は変わりませんし、そのままにしておけば、たとえご機嫌が良くても、何を言われてもOKな私、と認定させてしまいます。

レッスンの指導として厳しい、ほめてくれない、というのは別です。

暴言、モラハラ、行き過ぎた対応・・・

カウンセラーに限らず、あまりにも教祖的にあがめられている立場の何らかの先生らに多い傾向では・・・。「絶対君主」となってしまうのでしょう。

自分が圧倒的な優位、弱者を追い詰めることに快感を感じる者特有の勝ち誇った表情。

かつて職場のなかでも経験したなぁ。

 そもそも、生徒やクライアントにしても、教祖様にとっての従順な信者(下僕)であれば被害はこうむらない可能性が高そうですが。ごく自然に「とりまき」になれる生徒さん達っていらっしゃいますから。

 

 

ああ、やっと3年つづけられると思ったんだけど・・・。

こんなものを読んで下さりありがとうございます。

 

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